16位:瀧廉太郎に仕掛けられた陰謀とは?
瀧廉太郎は、「荒城の月」などの名曲を生み出した作曲家です。彼は、結核により25歳で亡くなりましたが、死の直前に作曲した「憾」という曲に、都市伝説があります。
瀧廉太郎は「ゆきやこんこん」や「鳩ぽっぽ」などの楽曲を1901年に作曲しますが、これらの楽曲は私達が知る楽曲とは異なります。私達の知る上記の曲は「雪」「鳩」と呼ばれ、1911年に後発で発表されていますが、盗作と呼ばれてもおかしくありません。
瀧廉太郎が活躍した頃、明治政府も多くの唱歌を作りました。しかし政府の曲は子供に受けず、政府は瀧廉太郎にメンツを潰されます。政府は結核の流行るドイツに瀧廉太郎を留学させ、意図的に結核に罹患させたとされます。
瀧廉太郎の最後の曲「憾」は暗く、異彩を放つ曲です。この曲には政府に対する恨みが込められているのかもしれません。瀧廉太郎は雪や鳩の盗作を訴える事はできず、生前の楽譜は結核の感染のリスクから燃やされています。
15位:紙幣切り替えは預金封鎖の布石だった?
2024年に発行される新しい紙幣。この紙幣が、預金封鎖に使われるという都市伝説が存在します。預金封鎖とは、国の政策で銀行の預金の引き出しを制限禁止すること。敗戦直後の1946年に日本では預金封鎖が行われています。
当時の日本は悪性のインフレが起きており、政府は預金封鎖と新円の発行、さらには財産税の施行を断行。財産税は最高で90%に及び、預金封鎖の前日に紙幣の発行と旧紙幣の廃止が宣言され、多くの国民の財産はむしり取られました。
政府は国の借金が増え続けていると、国民に警鐘を鳴らし続けています。近年はマイナンバー制度で国民のお金の流れを把握しやすくなっており、新たな紙幣の発行で旧紙幣が使えなくなれば、国民の多くはお金を銀行に預けるはず。その隙をみて、政府は預金封鎖を行うのかもしれません。
ちなみに新たな1万円札の肖像は渋沢栄一ですが、1946年に預金封鎖が行われた時の大蔵大臣は渋沢栄一の孫の渋沢敬三。この2つが偶然なのかはわかりません。
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